「おはようございますシャーロック!では行ってきます!」 「いやちょっと待って姉さん」 朝の挨拶と同時に勢いよく飛び出そうとした姉の首を、シャーロックは掴んで引き戻した。 **** 「はい、まず落ち着いてそこに座って、ああ正座はしなくていいから此処僕の部屋だから、ゆっくり事情を話そうか姉さん」 「えぇえー」 不満げな姉をとりあえずベッドに座らせて、まだ寝ぼけて霞む目で睨む。 「だいたい、寝てる人間の耳元でいきなり挨拶して飛び出そうとするのはどうかと思うよ姉さん」 「だってシャーロックが起きた時に私がいなかったら心配するかと思って……」 「うん、とりあえず外出したかった姉さんにはメモを残しておくとかそういう考えが無かった事は良く分かったよ」 「なるほど!さっすがですねシャーロック!名探偵ですねっこのこのっ!」 「ああ……うん、いっそ永遠の眠りにつきたくなってきた」 つーか死にたい。 普段以上にテンションの高い姉についていけず、シャーロックは溜息をつく。 「とりあえず外出したいってのは分かったからいいけど……何処行くつもりさ」 当然の質問に、シャルは悪戯っぽい笑みで返す。 「ふふふ、行き先は言えませんよ?だって私は人生という名の旅に出ますから!」 「旅は1日じゃ出来ないしまた何処かで聞いたような台詞だね……。 まあいいや、分かった。危ない事はなしね、例えば西区画に喧嘩売るとか」 「そんな事しませんよぅ……」 いや姉さんならやりかねないから、と返して、姉を送り出した。 特別外見に気を遣っている訳でもなく、普段通りの服装で出て行った姉。 「何しに行くんだろうな……」 一人きりの家でてきぱきと家事をこなしつつぼやく。 いない間に勝手に入るのも悪いだろうと思い、姉の部屋は掃除をしなかった。 ――その為、シャーロックは気付かなかったのだ。 去年の冬、金島銀河と……自分によって引き起こされた爆発事件。 その事件以後、シャルの交友関係が物凄く広がっていた事に。 ――シャルの机の上。たくさんの名前・メールアドレス・電話番号などが書き込まれているメモが置いてあった。 ……【砂原潤】、【霧野夕海】、【カルロス】、……… 夕刻。遠くに見えるホテル『朱鷺』の向こうに太陽が半分消えかけた頃、姉が帰宅した。 「ただいまですっシャーロック!」 「あ、お帰り姉さん。……遅かったね」 「はい、すごく悩んで選びましたから!」 「……はあ。いやほんと、どこに行ってたのさ姉さん」 「うふふーそれはですねぇ!」 朝言っていた事をすっかり忘れているらしい。姉は楽しそうに楽しそうに、玄関先で叫んだ。 「最下層ですっ!!」 ・・・・・・・空気が、凍った。 「っはぁあ!?」 我に返って事の恐ろしさを思い出し、姉の行動原理もさっぱり理解できずに弟は叫ぶ。 西区画にある最下層は、戌井隼人が戻ってきたとはいえ決して油断できない場所である。 薬中、チンピラ、売人、会社経営に失敗して借金取りから逃げ延びようとした者。 その他……本土にいられなくなってこの島に来、とうとうこの島の表にさえいられなくなった人間が流れ着く場所。 何が起こるか分からないのだ、あそこは。バネ足ジョップリンなど、都市伝説の存在もある。 「ちょっと姉さん何考えてたのさ!あんな所行っちゃ危ないだろ!?」 「ふふふ、大丈夫でしたよ?だって私、名探偵ですし!」 あっけらかんと話す姉。脱力。 「いや名探偵関係ないし姉さんはどっちかというと迷探偵だから……。 ……じゃなくて、今度からは絶対一人で最下層になんか行っちゃ駄目だからね!」 「え?一人じゃありませんよう?」 「は?」 「だって、雨霧さんと麗蕾さんについて来てもらいましたから!」 「ああ、なら安心だね。 あの二人じゃ危ない奴等が寄ってきても絶対大丈夫って殺し屋と殺人鬼じゃないか……!!」 図らずもノリツッコミ。 確かに最下層にいるチンピラやジャンキーなど、都市伝説化している殺人鬼と鉄パイプ少女の前ではひとたまりもないだろうが……。 こうも躊躇い無く裏社会の人間と堂々と付き合ってる姉は、ある意味尊敬する。 ・・・・・真似だけはしたくないが。 「……で、そうまでして買ってきたものってのは何?」 「え?」 今度はシャーロットが不思議そうな顔をした。 「シャーロックの、誕生日プレゼントに決まってるじゃないですか!」 「・・・・・・・・ん?」 ――あれ。 「僕、今日誕生日だっけ……」 驚いて呟くと、シャルは何と言うか『がーんっ』みたいな顔をしていた。 「え、えぇえ自分の誕生日でしょうシャーロック!?何考えてるんですか!!?」 「うわ姉さんに何考えてるんだって言われた……」 かなりショック。 「もうっ忘れちゃ駄目ですよー!」 シャルはしばらくぷんすか怒ってたが、ぱっと表情を変えて命令?してきた。 「さてシャーロック!ちょっと目を閉じてくださいねっ」 「えぇ、何で……」 「いいから閉じなさいっ!姉の命令ですよっ」 「……はぁい」 暫くぎゅっと目を瞑る。 首の周りを、金属がなぞるような感覚があった。 「はい!いーですよ!」 シャルの指示で目を開けると、自分の首にシルバーのペンダントが下がっていた。 「ってこれ…………」 ただし、モチーフはハートだった。チェーンと同じ銀色の縁に、自分の誕生石らしき色の石が嵌めこまれている。 なんというか、シャルが付けた方が似合いそうなデザインだった。ぶっちゃけて言うと女もの。 ……普通、男がこういうものを貰ったら困るものなんだろうな。 「えぇと……これは」 しかしシャーロックにはそんな事よりも―― 「わぁあ、似合いますよ!シャーロック!」 嬉しそうな姉の笑顔が、嬉しかった。 そして自分ですら忘れていた誕生日を覚えててくれた事も。 「………ありがと、姉さん」 この夜、二人は仲良くシャーロックが作った料理と、 「うわぁ姉さん生クリーム出しすぎ出しすぎ!!」 「えーこれくらいが美味しいんですよ?シャーロックも甘い物好きでしょう?」 「いやいやいや飾りとか全部台無しになってるから!埋まってるってこれ!!」 シャルが作った(生クリームたっぷりの)ケーキを食べて。 いつもとは少し違う日常を、終えた。 |